Australian Capital Territory

■1997年 9月18日 Canberra 薄れゆくモチベーション
朝、好天の真っ只中メルボルンを出発。
もはやゴールは目と鼻の先。
距離が進むにつれて、NSWのナンバーをつけた車の数が増えてくる。
やけに枝分かれする道をひたすら『キャンベラ』目指して走りまくる。

正直、ゴールが近づくにつれ、広大な景色にも食傷気味。
本当ならば、せっかく東海岸付近に来たのだから、もう少し立ち寄るべきところがあったのではないか。
寒いなりに、見て歩けるところもあったのではないか、と今になって後悔している。
ただ、この時は、ただ「一周達成」という目的だけが、心の中を独り歩きしていた。

そして午後1時50分、とうとうボーダー(州境)を突破。
NSW州に入る。
シドニーを出発したのが5月。
気がつけば4か月という時間が過ぎて、振り向けば2万6千㎞の距離を重ねている。
長いようで短いようなこの旅も、そろそろ終わりを迎える…

そんな感傷に浸るほど、キャンベラの道はやさしくなかった。
ちょっと前まで信号も渋滞もなく走ってきたせいか、交通量の多さに気をつかう。
デカい荷物を積んでいるので、スリ抜けもままならない。

そういう走りでの600㎞は疲れる。
最近、気持ち良く走れてない…
キャンベラに入ったのは6時過ぎ。
テントを張る気力もなく、ユースを見つけるとそのままバイクを乗り入れ、グッタリと倒れてしまう。
もはやボロボロ。

【移動距離】
Melbourne – Canberra 734km

■1997年 9月19日 Sydney   The Last Chapter
天候曇り。今にも降りそうな空の下、フリーウェイをぶっ飛ばす。
途中、やはり雨に見舞われて、びしょ濡れに。

雨宿りしていたスタンドでマシンが倒れて、何度転んでもクラッシュしても壊れなかったグロントウインカーが大破。
何かバイクまで疲れてるような…
ノソノソとバイクを引き起こし、空を仰いだ。

実際、オレもウルトラセブンの最終回のダンのように疲れ切っていた。
もはやスロットルを握る手にも力が入らない。
旅を楽しむ余裕がなくなっているのが分かる。

今までの疲れがドッと出たような気もする。
あるいは、張り詰めていたものがブチンと切れたのだろうか。

疲れたからといって、こんな中途半端な場所では休めない。
土砂降りの雨を切り裂くように、マシンを走らせる。
シドニーまで○○㎞という表示を見つけるたび、心が小躍りする。
あと少し、あと少しだ…

そして13時ジャスト、見慣れた風景が…もはや見飽きたはずの風景が目の前に広がる。
セントラルステーションの雑踏が見えた瞬間、ヘルメットの奥で「着いたぞー!」と叫んだ。
何十回行ったり来たりしたか分からないGeorge st.(ジョージストリート)に乗り入れると、ひとり、ウイニングランのようにマシンを進めた。
出発から今日までの日々を思い出しながら、ビルの間を走り抜ける。

大きな街に立ち寄る度に「都会はやることなくて、つまんねー」とか言ってたけど、シドニーは別格。
たった数ヶ月離れただけで、こんなにも愛しく感じるのだろうか。

シールドを開け、街のニオイを確かめる。
まだ少し冷たい風のせいか、目尻から涙がにじんだ。
 
慣れ親しんだはずのこの街には、もはやオレの住む場所はなかった。
パディントンのフラットにも、もはや別のオーストラリア人が住んでいるのは聞いていた。
 
オレは『東京ビレッヂ』で知られるバックパッカーにマシンを入れた。
数多くの旅人を支えたこのバックパッカーは、RBPやラックサッカーズ同様、バイク乗りが集まる宿でもある。
プラグの火を落とし、ヘルメットを脱いで短く息をついた。

荷物を降ろしていると、バイク乗りたち、バックパッカーたちが集まってくる。
何処から来て、何処へ行くのか、と挨拶代りに聞かれ
「この街を北に向かって走って、南から帰って来た」と答えた。
宿泊客たちのまばらな拍手とねぎらう声に、ありがとう、と頭を下げた。
オーストラリア一周を終えたオレのZ1Rは、26000kmを越える旅でボロボロになっていた。
 
オイルは何回交換しただろう。
タイヤは何本履いただろう。
崖から転落したこともあった。
エンジンもバラバラにされた。
あのまま、オレに出会わなければ、晴れの日だけ外を走り、ガレージで磨かれる日々を過ごしたかもしれないのに。
 
ありがとうな、Z1R…
ご苦労様、Z1R…
 
オレがまだハナ垂れ小僧の頃から、このZ1Rは走ってきた。
今までこいつは、こんな旅に出たことはあったのだろうか。
このマシンにとっては、実は何度目かの旅で、何人ものライダーにこんな風景を見せていたかもしれない。
だとすれば、豪州一周という長い旅は、こいつが連れて行ってくれたのかもしれない。

オレは、どんなライダーだった?
オレは優秀な旅人だっただろうか?
タンクをそっと撫でてやる。

こいつに心があったら「お前も疲れただろう。ゆっくり休めや」と言っただろうか。
それとも「なめるなよ。日本に里帰りしたら、またぶっ飛ばすから覚悟しておけよ!」と吠えたかもしれない。

とにもかくにも、傍目には、あっけなくオレの旅は終わった。

シドニーに還ってきたのだが、住む場所がなかったオレは東京ビレッヂを住処にした。 シェアハウスと比較すれば滞在費は高くついたが、長期滞在の割引があったり、食事をシェア出来たりしたので、実はトントンだったかもしれない。

東京ビレッヂには、旅に出ようと意気揚々としている者、旅を終えて翼を休める者、何だかよく分からない者が暮らしていた。
オレもまた旅の余韻に浸りながら、裏庭でバイクの整備を手伝ったり、バイク乗りの連中と街を流したりしているうちに「何だかよく分からない者」になりつつあった。

ハーバーブリッジの下で釣り糸を垂れながら
これからどこへ行くのか…
どうやって生きていくのか…
  
と、考えてみたが、答えは出なかった。 
もしかすると、後からジワジワと感じるのかもしれない。
結局、この旅じゃ何も見つけられなかったのかもしれない。

ただ、素晴らしい出会いがあった。
毎日が初体験だった。
そいつだけは、確実に言えることだ。
 
機会があるなら、やってみるがいい。
豪州一周というから大袈裟に聴こえるが、ほんの数日、家を留守にする旅でもいい。
少しずつでもいいから前に進む。

これだけで、バイクの旅は可能だ。

そして、旅が終わった時には必ず思うはずだ。
バイクで旅に出てよかった、と…

 Farewell, Cowboy with Iron horse, Straight Highway and Horizon…

【移動距離】
Canberra – Sydney 286km

NSW QLD Part1 QLD Part 2 NT WA Part1 Finland  France Italy
Canada&USA WA Part 2  SA  VIC  ACT  Appendix  Appendix2015

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