シン・エヴァンゲリオン劇場版:|| 観賞後 | 空冷Zとの戦い Kawasaki Z1R ブログ

シン・エヴァンゲリオン劇場版:|| 観賞後

雑記帳

いろいろあって、実は3月の公開初日に観賞していた。
もう少し落ち着いてからでも良かったのだが、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」も観てきたので、楽しみではあった。

もうそんなに経っていたのか、と改めて驚いたのだが、テレビシリーズが放映されたのが1995年10月だから25年が過ぎていたのだ。
25年の歳月をかけて「完結」したわけではない。
作者は1996年3月にTVシリーズを完結させており(ご存知の通り、大騒ぎになったアレだ)、テレビシリーズで納得がゆく形として完結できなかったために『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』を制作、1997年の7月に公開している。
テレビシリーズをつくったGAINAXによる作品で、これによってエヴァンゲリオンという作品は「完結」したはずだった。

だが、10年後になって「エヴァンゲリオン新劇場版」の制作が発表される。
この間も、パチンコやら連載が続くコミカライズ版など「エヴァンゲリオン」というコンテンツがマーケットで一定の価値を生み出していた。
根拠のない憶測だけでいえば、エヴァンゲリオンに続くヒット作に恵まれなかったり、スタッフ間の不協和音が彼らが所属する制作会社の財務内容が悪化(すでにGAINAXは経営が傾きかけていたし、エヴァンゲリオンの版権は庵野監督が社長を務めるカラーに移っているが、未払いで訴訟を起こされている)、商品価値があるうちにエヴァンゲリオンをリメイク、昨今の流行りでいえば「リブート」しようということになり、庵野監督を担ぎ出したのではないか、と想像している。

仮に庵野監督はじめ旧GAINAXに所属していたクリエイターたちがエヴァンゲリオン級のメガヒット作とはいわないまでも、それなりに売れる作品を手掛けていれば、リブートの企画自体が生まれなかったのではないか、とこれまた想像する。

理由はどうあれ「 エヴァンゲリオン新劇場版」の公開は、我々のような中高年だけではなく、その子供たちといった新しいファンを獲得して、我が家のティーンエイジャーたちも「おもしろかった」と喜んでいた。
自分もエヴァンゲリオン新劇場版を全て観賞してカタルシスが得られたし、リブート作品としてではなく、ひとつの映画としても、おおむね満足のいくものだった。

そして、良い終わり方(と、思わなかった方もいるだろうが)をしたのだから、消費者も制作会社も、エヴァンゲリオンから卒業すべきだ。
作品の制作に間はあったにせよ、25年もの長期間消費されるコンテンツは異常だ。
ガンダムがあるじゃないか、と言われるかもしれないが、あれはタイトルが「ガンダム」とついて、作中に2つの目玉とおでこからV字の角を生やした白いロボットが登場すれば成立する。
富野由悠季や安彦良和、大河原邦男が関わらなくても、ガンダムになるのは平成ライダーシリーズや戦隊シリーズと同じである。

エヴァンゲリオンがそうなった方がいいかどうかはマーケットが決めることなのかもしれないが、それをやってもクリエイターは育たない。
40年前、GAINAXがオネアミスの翼をつくった時のように「誰もやったことのない作品をつくる」という企画と実行力がメガヒットを生むのだ。

とはいえ、1980年代~90年代のようなオリジナル作品バブルのような環境ではないし、お金を出してくれる会社を説得するのも大変で、売れそうなものではなく、売れて当然くらいの作品でなければ予算はつかない。
令和の時代に「閃光のハサウェイ」を作るのも、結局そういうことだろうし。

と、まあ正論ぶったことをまくし立ててもつまらないので…
あらためて、映画の感想を。
庵野監督がテレビシリーズのエヴァンゲリオンを作ったのは30代だから、イケイケというか「オレが面白いと思って描いてるんだから文句は言わせない」という自信めいたものがあったと思う。
視聴者が多少置き去りになっても「分からんヤツが悪い」「そういう人間にイチイチ説明する必要なない」という気持ちが1%くらいはあったと思う。
けど25年、歳を重ねて、いろいろな経験や情報を吸収して、庵野監督自身が本当に「人は独りでは生きていけない」と実感した末の「人類補完計画」はこれだ!というのが、最後のエヴァンゲリオンだったんじゃないだろうか。

もちろん、そこにはクリエイターとして尖った部分はちゃんと残したまま、抜身のナイフみたいな緊張感のある描写もたくさんあるのだけど、お前ら、LCLだのATフィールドだの言ってるけど、人間が生きていくには、泥だらけになって田畑を耕して作物を育て、家畜の命を頂いて料理したものを食べて、赤ん坊を育てていかないとダメなのよ、と。
コンビニで買ったビールをプハー!とやってるミサトさんもいいけど、じゃあその酒を誰がどうやって作ってるの?という現実を挟んだのは、どうしたって経験×情報=年齢がなせる業だ。

だからなのか、映画館を出た後、少しだけ大人になった気がするというか、ジュブナイル作品を観た後のようなすがすがしさが残った。

観てない人は「エヴァンゲリオンで?」と思うかもしれないけど(笑)。
初期の頃から予告で使われていた「さよなら、すべてのエヴァンゲリオン」というコピーは、捉え方によっていろいろあるのだろうけど、個人的には「エヴァンゲリオンという作品を青春の思い出として胸に仕舞って、新しい世界へ進みなさい」と受け止めました。

ただ、もうちょっと余韻に浸りたいというか、かみしめたいので、あと1回くらいは劇場へ足を運ぼうと思います(笑)。